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罪悪感

インターネットで見たこと、それに対して思ったことを簡単に。

罪悪感を抱くと「相手が悪い」という感情を作り出すことがある。
浮気を相手の所為にするのが一例。
「あの人がああしたから、私はこうした。」「なんとかのせいで、こうせざるを得なかった。」といった被害者の立場を取りたがることもある。

相手のせいにする理由は単純で、「自分が悪い」という思いを防御する為。
人は自分に不必要なモノや悪いモノを無意識に排除しようとする。
片思いの相手と両想いになれず、その人に抱く好きという感情が憎しみに変わるのと同様。



そこで私が考えたのは、光一君のファンも剛君への誹謗中傷や捏造に対して、罪悪感を抱いているのではないかということ。

通常、他人の悪口を言うと罪悪感が生じる。
だけどその罪悪感は自分にとって嫌な感情であり、感じたいものではない。
誰かを責めている間は自分を責めずにすむ為、結果的に彼女達は誹謗中傷の原因を剛君や剛君のファンの所為にする。
既に孤立無援の状態では、周囲を味方につける為に自分は正しいと主張する。


罪悪感を覚える場所というのは居心地が悪い。
それによって抑圧的であったり、異常に明るい態度を取ったり、逆切れ状態に陥ったりする。
そして、代わりに居心地の良い場所を求める、その場所や人への思いが募る。
それにも慣れが生じ、結果完璧な防御線が出来上がる。
それでも根本は解決しない。

上記の罪悪感を抱く居心地の悪い場所がKinKi Kidsであり剛君で、居心地の良い人が光一君や同じ状態に陥った光一君ファンなんだろう。



周囲の人が行う一番の対処は「そういう行為を行ったあなたが悪い」と理解させることを中断すること。
理解を促すことによって更に罪悪感が刺激され、より防衛に走りやすくなる。
罪悪感と共に補償行為をしたくなるケースもあるが、罪悪感を刺激され続けることによってそこまで辿り着かない。

本人は「受け入れること」が必要。
自分が取った行動が「悪い」と思い込みすぎず、不可避であり、何故その行為に至ったかを知ることが大切。
寂しさや不安・不満が背景に存在する。

とはいえ、一緒に誹謗中傷を行ってくれる仲間を見つけた光一君ファンを放置しても改善するとは思えないけど。

twitterの光一君オンリー

なんか検索に引っ掛かってしまった、光一君オンリーのtweet。
茗荷@myogarin。

あれは何だろう。
もういっそ、光一君のファンというよりも、歪んだ愛情を持った剛君ファンなのではないかと思えてくる。

ついつい好きな子の悪口言っちゃう小学生。
痴漢して、嫌がったり怖がったりしてる様子に興奮するストーカー。
とかと同じかな。

これは誹謗中傷の罪を犯す全ての人に言えるけど。
自分が優越感に浸れないと憤慨し、自分より弱そうな人や傷つけやすそうな人に嫌がらせをして優越感を得る。
道徳観や倫理性の欠如。
感情の自己制御能力が異様に低い。

いずれにせよ、育ってきた環境とそれによって形成された性格が歪んでいる。
愛情不足のまま大人になったんだろう。
これが極端に出ちゃうと、サイコパスとされることもある。


ちなみに「反動形成」という心理がある。
「意識された内容が、自我にとって受け入れ難い場合、それとは反対の言動をとることで抑圧を強化しようとする心的過程。」
参照: 心理学用語集

上記で「光一君ファンは、剛君を好きなんじゃないかとさえ思える。」と書いたのは、彼女達に反動形成の心理が働いているとも考えられるから。

小学生が好きな子を虐めるのは、まだ善悪の判断がつかず、また経験してきた感情の少なさ故に共感性が低いからだと思う。
でも、大人になって、明確な根拠もなく誹謗中傷することによって他人を傷つける行為は、単なる犯罪。


人間の心理って面白くて、人を助けることもあれば、殺すこともある。
結局心理学を学んでも、今いる犯罪者・予備軍を救える確率は限りなく低い。
私には彼女達をどうすることも出来ない。
彼女達が、今受けている愛情を正しく受け取れるようになれればいいな。



それにしても、光一君のファンはなんであんなに精神的に不安定なんだろう。
性格も口調も似てるし。
似たような環境で育ってきているのかな。

ちょっと光一君に興味が湧くわ。
なんでそんなに情緒不安定+他人に攻撃的な人に好かれるのか。

逆にそういう人を惹きつけられれば、カウンセラーとかは仕事がしやすくなるのでは?
無関心よりも関心を持ってくれるのが一番だからね。

それとも、良い方にも悪い方にも人目を惹く剛君が凄いのかな。
関心を引きやすいと大変だけど、それもそれで有利な気が…。

決断力

ちょっと目にした、メモしたモノ。


「人に決めてもらってどうこう。」
これはきっと光一君なりの自己防衛。
社会的責任はどうやったって逃れられない。
でも精神的責任逃れは出来る。

剛君を見ていても思うけど、KinKi Kidsは二人共容易に自己防衛に走る。
悪い悪くないの問題ではなくて、育った環境的にそうならざるを得なかったのだろう。

剛君は自虐→他人とは違う個性を見出すことによって安定してきたように見える。
対して光一君は剛君とは異なる方法で精神状態を保ってきた。
それがある種の責任逃れなのだと思う。


今、自我や決断力のない人が増えてきている。
…増えてきているというより、多いだけか。

きっと光一君はそんな時代の被害者。
可哀想な人なんだと思う。

勿論、そういう人を嫌いな人もいれば、加護欲が湧く人もいる。
私は…「あー。いるよね、そういう人。」って傍観していることが多いかな。
でも、ソロとKinKi Kidsの活動、更には関係のない剛君のソロの話まで持ち出して
「光一さんは剛さんと違って完璧で素晴らしいわ。」なんてコメントを見たから…
色々考えてみますた☆

行動

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生きがい

光一君ファンのよく使う「可哀想」という言葉。
的確な表現だと思う。


*実在的精神分析。意味への意思を持つ人間→自己の生の意味(使命感)の確信の重要性byフランクル

価値観が多様化し、変化の激しい社会では、「生きがい(=固定した自己の生についてのイメージ)」の獲得が困難である。
それは現代社会に生きる全ての人に当てはまる。但し、変化や多様化に適応出来る人も大勢いる。

光一君のファンの方々はその「生きがい」を「剛君への非難」の中に見出しているのではないか。
価値観が異なり常に変化していく剛君を、自分の受け入れられない(又、自分を受け入れてくれない)実在社会に重ね、嫌悪しているように思える。
更に、彼女達の描く「剛君に悪質な虐めや非難される可哀想な光一君」は、「社会的に否定されている自分」と重ね合わせているかのようだ。

私が見ている限りでは、光一君のファンは自己防衛機制が普通の人(という言い方は好まないが)よりも働いている。
防衛機制というのはfrustrationが溜まる事によって引き起こされる。
欲求不満(frustration)
→さまざまな原因により生活体の要求が満足されない場合におこる心理的状態
合理的解決がなされない場合、近道反応や失敗反応に陥らないように、自我防衛機制(無意識)が働く。フロイトの精神分析理論。
要するに彼女達は合理的解決のなされないような欲求不満を抱えているのである。
(飽く迄個人的意見であって、統計をとってはいません。)

ネット社会でしか見ることのできない彼女達のfrustrationを、剛君や他のファンの方々が取り除くことは望めないだろう。
他人のことを言えたものではないが、最善は自己防衛しているのだから、しなくていいように彼女達を認めてあげることなのかな、とも思う。
私が彼女達を受け入れない社会を形成する一員であることは確かだし。
(全ての人が「生きがい」を見出せる社会なんてモノは理想社会に過ぎない事は重々承知だけど。)
ただ、人権の侵害(憲法違反)や名誉毀損(刑法違反)等、犯罪行為を行う者を容易に受け入れることへの恐怖はある。
犯罪者は、理由があれど罰せられるべきである。


彼女達みたいな社会的被害者が少しでも減少するように、何ができるか考えていかないとな。
プロフィール

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Author:mm
堂本剛さんのファン。
堂本光一さんは嫌いではない程度。
KinKi Kidsを含め、よく知らないけどたまに触れる予定。

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