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FUNK詩謡夏私乱 奈良公演 楽曲

堂本剛2014 「FUNK詩謡夏私乱 」
8月8日(初日) 奈良公演
参戦してきました。

ライブは全力で楽しみたいので、メモは取っていません。
容量は決して多くない記憶の引き出しより。
間違えている箇所もあると思いますが、ご了承下さい。
勿論ネタバレです。
ご注意も下さい。
ちなみにライブレポなので、とても長いです。




流石にセットリストは分からなかったから、友達の協力を得て。

くにのうた(バンメン登場→鼻息噴射→剛君登場)
→I gotta take you shamanippon
→縁 groovin'
→clap your mind
→chance comes knocking
→blue berry
→mc
→say anything
→love is the key
→インスト?
→white dragon
→I get 暴動 world
→mc
→ginger
→shamaspice
→これだけの日を跨いで来たのだから
→アンコール(剛君mc→バンメンサングラス付登場→剛君もサングラス着用)
→funkがしたいんだ どしても(「う」がない方が緊張感がある、ドラマー振り付け)
→heian funk
→shamadokafunk(バンメン紹介、テープ)


開始前から、セットされている赤くくねったマイクスタンドと赤と金のマイクにテンションが上がった。

全体を通して楽曲はかなりアレンジしていた。
各会場で全く違って聴こえるかも。

ケリー曲になってから高音連発。
それまでは比較的控えめ。
ケリー曲は当時より皆の言う「癖」はかなり少なくなった。
歌唱力は相変わらず。声量も変わらず素晴らしい。

全体の後半になるに連れてフェイク多用。
特に高音。
ファルセット好きには堪らない。


「clap your mind」では"clap your mind"の部分でずっと胸を叩いて、客席指差し。
客席から見てステージ左手、コーラス側。
楽器なしマイクのみで内股。

「chance comes knocking」から「blue berry」は直結メドレー。
音は途切れなかった。

「blue berry」ではマイクを左右の手にポンポン放って持ち替え、クルッと回ったあたりで歓声。
ジャンプは「準備はいい?」と二回確認された。
大きく二回に分けて、鬼みたいに連続で何度も跳ばされた。
楽しかった。
ジャンプの合間、赤いジャケットをゆっくりと煽るように、脱いでは着てを二回。
脱ぐと「キャー」という悲鳴が聞こえるのが楽しかったのかな。
アンコールは自分から言い出し、もう一度繰り返す。
結局ジャケットは着たまま続行。

最初数曲、音が大きいと思って確認しようとしたら自分だったと。

初めて見た時、無言になってしまったというフランス人が生姜を持った映像を、「ginger」であえて流すところが剛君らしくて面白かった。
結局歌う姿を追ってしまって、映像は半分くらい見ていない。

「shamaspice」の"Shama*16 Nippon"フレーズを多分10回くらいは歌わされる。
バンメンにも歌わせる。
どちらも"nippon"だけ声が大きくなった。
スティーブさんは例外、歌よりお経。誰か「くま」と歌った人もいたかな。
"shama"の漢字は「社魔」だったことは思い出せたが、何の曲でその漢字が出てきたか思い出せない。

「これだけの日を跨いで来たのだから」の最初の方を歌詞変更。
「これだけの日を跨いで来たのだから 私達はね 歩んでいるの 一歩一歩と 人生って愛を」

どの曲か忘れたが、赤いピックを口に加えて指引きからのピック使用を2-3回繰り返していた。

簡易ライブレポート

只今@platonic244で随時更新中。
このブログはもう少し纏めてから書こうと思います。
纏めて書くつもりがtwitterは纏まり皆無。

新堂本兄弟

KinKi Kids唯一のレギュラー番組だという「新堂本兄弟」が打ち切られるらしい。
原因は番組が口パク禁止にしたことによる、口パク推奨派の大手事務所やレコード会社からの反発。
ソースは東スポ。

生歌だけの番組を排除しようとする動き、口パクを推奨する会社っていうのが理解不能。

「生歌が偉いわけじゃない」という人もいるみたいだけど。
確かに偉いとは思わない。
当然なだけ。
口パクはその「当然」ですらやらない、ただの手抜き。
楽したいだけ。
そんなことをしながら「プロ意識」なんて言語の理解できない馬鹿かと思う。
(因みに私は数学以外の言語は苦手です。)

たまに一般人が口パク反対の姿勢でいると、「だったら歌いながら全力疾走してみれば」と返す人もいる。
それをするのがプロ。
寧ろ、「全力疾走」ではなく、所々適度に力を抜いて踊ったり歌ったり出来るように練習するものでしょう。

それが出来ないなら歌手ではなくパフォーマー、マイクを持つ必要なんてない。
マイクによって制限される動きも出来るようになるから、そっちの方がきっと大変でしょうね。
歌っているフリをする労力をダンスに向けられれば、パフォーマンスも向上するだろうし。
口パクはそれさえしない手抜きだと思っている。


口パク批判はここまでにして。

新堂本兄弟が終わると、KinKi Kidsとしての番組がなくなるらしい。
私自身には、テレビを見ないから関係ないといえば関係ない。
ただ、年に数回であったとしても、剛君の歌が聴ける番組。
しかも滅多に聴けない、カバー。

それに、バンドでセッションをしたり、出演者と仲良く話したり、長年愛着があった番組が終わってしまうわけで。
剛君は愛情深いタイプだと思っているから、彼の受けるショックを考えると悲しい。

そもそも実際に公式発表されているわけでもないから、まだ分からないけど。

奈良

色々ありすぎて忙しいけど、もうすぐライブだと思うと浮かれてしまう。
奈良で参戦予定。

来月からの二ヶ月。
剛君も、バンメンやスタッフの方々も、ファンも。
皆が幸せな時間を過ごせますように。

「プラトニック」最終話

八話目はまだ通して一回しか観ていないから、記憶が飛び飛び。
本当は八話二回目と全体を通して一度観てから感想を書きたいのだけど。
その時間が取れるのはお盆より先になりそうで、諦めることにした。
お盆にはライブモードに切り替わっているだろうし。

結末に関してのみの感想。
その他は二度目を観た時にでも。

Twitterでも何度か書いたが、最終回に不満を抱く人も多い中、私は割と満足して見終えた。
「青年」の心臓を移植することが、彼にとって一番いいとずっと思っていたから。
薄情かもしれないが、死なないでほしいとは殆ど考えなかった。
終盤の望みは「最高に幸せだと思える瞬間が少しでも多く、そしてそのタイミングでの死を」といったところだったかな。
もしくは、サラの死か。

散々書いてきたことではあるが、私はサラと「青年」の愛は本物だと思うし、二人が幸せだったと信じている。
愛が偽物かどうかなんて、赤の他人に分かるわけがない。
幸せそうに微笑んで亡くなる人が不幸だとは思わない。
愛し方は人それぞれ、十人十色。
「死は不幸」「生きてさえいればいい」と考える人には決して分からない愛の形かな。

「青年」にとってはあれ程のハッピーエンドはないし、結果論で言えばサラにしても同じ。
サラが迎えたハッピーエンドは、娘と元夫と仲良く元気に暮らすことではなく、「青年」との世界の中という意味で。

「青年」は自分の命よりもサラとの愛を重視した。
それは自分の命を蔑ろにしたのではなく、どちらも大切で、意味を持ったものだと知りながら。
命を差し出す代わりに手にしたのは、サリの命ではなく、サラと「青年」の完全な二人だけの世界だ。
今迄も二人だけだと思っていたけれども、そこにはサリも父親もいた。
「二人だけの世界」という「青年」にとっての安らぎの場を、彼は自分の死によって得られたのではないか。

サラは「青年」を理解した上で、彼が生きることを望んだ。
愛している人の望みだろうと、死は受け入れられないと。
サラは「青年」の死後もずっと目を閉じたまま、彼と過ごした夢の世界に生き続ける。
彼の望みであるVサインの笑顔を浮かべて。
彼が望んだように元夫と再婚して。
他人には不幸のように見えても、それが「青年」の望みであるならば決して「ノー」とは言わない。
初めて愛した「青年」が与えてくれた二人だけの世界に生きられる、幸せ。


このドラマは「愛は生きることより重要」とか、「愛しているなら死んでも構わない」という持論を語った話ではなく、「二人の愛の形はこうでした。生きることと死ぬこと、どちらにも意味を持たせてくれる愛でした」といった二人の世界を描いただけの物語だったのではないかな。
それによって「私は違う」という人も出てくるだろうが、それはその人の持論、価値観の相違であって、「青年」とサラの世界には一切関係ない。

「青年」とサラの愛は偽り。
そんなもの愛ではない。
そういうツイートや感想も多数あるようだが、その価値観はその人のもの。
「青年」とサラ、野島伸司さん、その他このエンディングに納得している人にはその価値観こそが偽りになってしまう。
例え二人の愛が偽物だと言われても、「青年」は何も言わずに首を横に振るだけでしょうね。
父親にそうしたように。


生まれてくる場所を選べないのなら、せめて死ぬ時くらいは選びたい。
何度かそう思ったことがある。

幸せな時が終わり、孤独のまま早く死にたいと願うご老人。
死ぬことが分かってから笑えなくなった若者。
長くはない今迄の人生で沢山の死を見てきた。
笑って亡くなった人はいない。

生きていることを肯定出来ずにただ生きていたいと願っていた「青年」が、サラと出逢って「生きること」を知り、その「生きる」人生で一番幸せな時に亡くなった。
不幸と思う人がいても、「青年」にとっても私にしても、最高に幸せだと思う。

「 生きる、とはなんですか?愛することで意味を持ちますか? 死、とはなんですか?愛されることで救われますか?」
どことなく、しっくりくるラストだったかな。

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堂本剛さんのファン。
堂本光一さんは嫌いではない程度。
KinKi Kidsを含め、よく知らないけどたまに触れる予定。

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