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教育との共通点

幼稚園の時、私は仏教の保育園に通っていました。
そこでは毎日のように朝仏教の教えを(短いものですが)復唱します。
その教えは私の精神教育の地盤となっているのだろうな、と最近感じることが多々あります。

教えは憶えているものは4つ。(5つあったと記憶していますが、思い出せない…)
なんとなく仏教だからという理由で剛君に当てはめて考えてみた。

「笑顔で明るい」
…OUT! 明るい時は明るいけど暗い時は暗いよね。

「身体が丈夫で元気」
いやいやいや。元気か?最近はちょっと元気?
でも精神的ダメージを受けるとスグ体調を崩すイメージ。
「病は気から。」

「ケンカをしない」
んー、無駄な争いは好まないよね。
でも喧嘩というか意見のぶつけ合いの大切さは分かっているだろうから、そういった意味では喧嘩をする…のかな。

「感謝や謝罪の言葉をはっきりと伝える」
この「はっきりと」が大切らしく、そこだけ復唱する時にリズムが速くなるという。
大人になればなるほど出来ない人が増えるのに、剛君はどちらもしっかりしている。以前にも増してしっかり言葉にする。
これが出来ない人はまず駄目。どれだけ他で優れている人でも不快感を抱いてしまう。これだけは私の中で「素晴らしい教え」として認識されている。


保育園の教えとしてはいいものだな、と思う。
善悪の認識は宗教の基盤となるポイントです。そこの教えが揺らがないから、子供は迷うことなく学ぶことができる。
剛君も西大寺の幼稚園に通っていたそうですが、幼少期、精神の重要な成長段階で学ぶべきものを学んでいたのだな、と思わされる。
また、私の通っていた保育園では「子供を見守る教育」を行っていた。
今の育児は大人の都合で、主導を握った上で「させる教育」「やってあげる教育」を行っている。
子供の可能性を無視した教育制度はどうかと思う。

KinKiやソロにしてもそうで、何でも口を出して「あれをするべき」「あれをやって」と「させる」ファンもいれば、「彼(等)はやりたいはず」と何でもかんでも要望を出して「やってあげる」ファンもいる。
もちろん彼らは仕事をしているのだし、全てが当てはまるのではないから、一概に悪いとは言えない。しかし「見守ること」を知らないファンが多すぎるのではないか。
私も要望を出そうとしたりするが(実践はしていない)、剛君の可能性を信じて彼がやる意思を示していない仕事に対して求めることはしない。だから裏切られることもない。

剛君も言っている事だけど(意味は違うが)、求めるだけじゃだめですよ。
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堂本剛さんのファン。
堂本光一さんは嫌いではない程度。
KinKi Kidsを含め、よく知らないけどたまに触れる予定。

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