スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「青年」とサリ

長くなるって分かってるのに短く纏めるのは諦めた。


「考えること」と「ただ思っていること」、「想うこと」と「想いを押し付けること」は違う。

母親や「青年」は子供のことを考えている。
弟は「青年」の言葉を聞くまでは、ただ漠然と「救ってあげたい」と思っているだけだった。

「青年」は子供を一人の人間として見て、彼女の将来を想っている。
母親は自分と子供を同一視して、彼女に自分の価値観を押し付けている。


今迄の話の中で、子供と一体一で向き合っているのは「青年」だけ。
他の人は彼女の病気とは向き合っても、病気関係なく彼女自身を見はしない。
母親が多分一番そう。
子供と同じ方向は向いていても、面と向かってなんて見ない。

「100年知り合っても、何とも思わない人だらけだよ」と言った青年。
他の誰もそんな残酷な言葉、子供に言わない。
外の世界を夢見ている病弱な子供には。
それが良い事だと思っているから。

初恋相手と会うきっかけを作ったのも、ある種残酷な親切。
「無理かもしれないけど、あの人なら」という希望があると不安定になる。
安定した不安と不安定な期待なら、ずっと不安でいた方が慣れて楽になれる。

それに矛盾して取れるかもしれないけど、狭い世界に閉じ込められているより、他の世界に触れて、絶望と希望両方を感じられた方が「生きる」に近付く。
「青年」は「ただ生きていること」が困難な子供に、「生きること」さえ出来なくなってほしくないのだろう。
最低でも、周りにそれを諦めてほしくない。


14歳って十分大人。
身体的には子供も産めるし、精神的にも子供特有の残虐性が薄れ、協調性を学び、自立を始める。
早い子は思春期が終わってる年齢だ。

でも誰もサリを個人として見ていない。
それに誰も気付いていない。
「青年」はどの登場人物からしても他人で、だからこそ誰も理解していない矛盾点というか違和感に気付く。
(この物語、「青年」が全てを繋ぐキーパーソンになってるのね。)

3話目でやっと弟がそれに気付く。
というか「青年」に気付かされる。
彼は賢いから、誰が一番影響を受けやすいか分かっているのだろうな。


母親は子供と自分を同一視していて、まるでサリが一人の人間であると認めたくないように見える。
常に守るべき存在でいてほしい。

「青年」が言っていた「カタルシス」を求めてる。
弟が会社や家庭で問題を抱えている時、子供の救世主になりたがったように。
母親も肉親との縁が薄く、家庭環境に恵まれてこなかった自分へ「カタルシス」が与えられた気がしたのでは。

そう考えると、「青年」にとっても子供は「カタルシス」に思える。
いや、彼にとっては「生きる意味」ではなく、「死ぬ理由」になるのか。


ドラマ始まってから、「センチメンタルな夜」を幾晩か過ごしてる。
確かに何もない夜より遥かに素敵な夜です。
本当にどうもありがとうございます。
テンション可笑しくなってきたので、今日は寝ます。
スポンサーサイト

えりこさんへの返信

「女」としての一面を出されて、今迄ではなかった動揺が見られましたね。

野島さんの作品の良さは次を見る度に、それ以前の話が面白く感じられることだと思います。
役者の方々は性格が掴みづらく大変でしょうが、どの役者の方も裏の顔を知っていっても違和感がない演技をしていて、本当に素晴らしいです。

狂う様に「青年」を愛するようになるきっかけも早く知りたいですね。
更に怖くなる沙良、楽しみです。
野島さんには上手く踊らされている気がしますが、これからも喜んで踊らされようと思います。
プロフィール

mm

Author:mm
堂本剛さんのファン。
堂本光一さんは嫌いではない程度。
KinKi Kidsを含め、よく知らないけどたまに触れる予定。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
カレンダー
05 | 2014/06 | 07
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
画面下を人々がお散歩するブログパーツ(Twitter連携可)
Follow me CLICK!

画面下をお散歩します

検索フォーム
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。